2024年9月、遼寧省大連市で開かれた記者会見の場で、中国公安部の担当者が驚くべき数字を明かした。約2年間にわたる国内サッカー界の違法賭博・八百長捜査で「120試合」が不正試合と断定され、関与した128人の容疑者のうち43人が永久追放処分となったのだ。このニュースはすぐさま国中を駆け巡り、ファンや関係者に大きな衝撃を与えた。
2023年、中国プロサッカー「中国スーパーリーグ(CSL)」のスタジアムにはコロナ禍を経て観客が戻りつつあった。開幕直後の2節で延べ36万4千人、1試合平均約2万4千人の観客動員を記録し、パンデミック前の水準を上回る熱気に包まれた。サッカーは13億人の人口を抱える中国でバスケットボールに次ぐ人気スポーツであり、その盛り上がりは依然として本物だ。しかし、そんな熱狂の陰で進行していた大規模不正の露見に、多くのファンが失望と怒りの声を上げている。
「結局、僕らが流した涙はムダだったのか」「ワールドカップの夢なんて冗談だった」。腐敗の実態を暴露するテレビ番組を観たファンからは、そんな悲痛なコメントが相次いだという。
相次ぐ八百長と賄賂スキャンダル
だが、この激震は突然起きたわけではない。ここ5~10年の間で、中国サッカー界では水面下で腐敗が蓄積し、その膿が一気に噴き出した格好だ。発端の一つは、2022年末から当局が本格化させたサッカー界の汚職一斉摘発キャンペーンである。調査により、国内トップリーグのCSLから下部リーグ、さらにはカップ戦や女子リーグに至るまで、不正に操作された試合が次々と判明した。
2020年・2021年のコロナ禍による無観客試合の時期には八百長が「逃れようにも逃れられない」ほど横行していたと、ある現役選手は明かす。まさに業界ぐるみの不正が常態化していたのだ。
その結果浮上したのが、選手・監督からクラブ幹部・仲介者に至る広範な汚職の実態である。永久追放となった43人の中には、中国代表経験を持つ3選手や韓国代表の元エースまで含まれていた。例えば、韓国代表MFとして活躍した孫準浩(ソン・ジュンホ)はCSLの強豪・山東泰山所属時に八百長や収賄に関与した疑いで2023年5月に拘束され(翌年3月に帰国)、今回の処分者リストに名を連ねている。また、同じ山東泰山に所属した元中国代表の金敬道(ジン・ジンダオ)も永久資格停止処分を受けた。
一連の調査で名前が挙がった関係者は128人にのぼり、中国当局は違法賭博サイトの壊滅や賄賂のルート解明にも踏み込んでいる。まさに「史上最大のサッカー汚職摘発」といえる事態だ。
腐敗の温床と制度的課題
中国サッカー界でここまで深い腐敗がはびこった要因として、いくつかの構造的問題が指摘できる。
- チェック・アンド・バランス(抑止力)の欠如
- サッカー協会のトップに強大な権限が集中しすぎており、その暴走を内部で戒める仕組みがなかった。
- 幹部らも私腹を肥やし、相互に不正を黙認する「共犯関係」が蔓延していた。
- 資金流入の急拡大と不透明さ
- 2010年代後半、中国のクラブは欧州超一流選手を次々と獲得し、年俸数十億円規模の巨額契約が飛び交った。
- 「陰陽契約(デュアル契約)」と呼ばれる違法な裏契約で税金やサラリーキャップを逃れる手法が横行した。
- ギャンブル文化との近接
- 中国では違法ではあるもののサッカー賭博が根強く存在し、巨大な地下経済となっている。
- 八百長の背後には賭博ブローカーの暗躍が指摘されている。
再発防止への提言と改革の行方
史上稀に見る大スキャンダルを経て、中国サッカー界は今、信頼回復に向けた大きな転換点に立たされている。再発防止のためには、従来の体質を改める抜本的な制度改革が必要だ。
1. ガバナンス(協会統治)の改革
- 協会執行部とは独立した監査委員会・倫理委員会を設置。
- 公益法人としての協会運営の透明化を図り、意思決定過程や財務状況を定期的に公表。
2. 通報制度の整備と人材保護
- 匿名で情報提供できるホットラインを設置。
- 告発者が報復を受けないよう法的に守る仕組みを導入。
3. 金銭面の規制と透明性
- クラブ間の移籍金や年俸支払いをモニタリング。
- サッカー界に流れ込む資金の使途を追跡し、不明朗な取引を防止。
未来への長征(ロングマーチ)
腐敗にまみれた過去の清算は始まったばかりだが、その先にある未来像は明確だ。それは公正で透明な中国サッカー界の再建である。長年蓄積した膿を出し切り、信頼を取り戻すには時間と努力を要するだろう。しかし、ファンたちはすでに「代表チームを強くするためにも、腐敗の膿を出し切ってほしい」と切実に願っている。
中国サッカー界は今、新たな長征(ロングマーチ)に踏み出したところだ。
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