中国サッカーはなぜ弱いのか~中国サッカーの停滞要因と改革への提言

サッカー

序論

中国サッカーの低迷は偶然ではなく、長年にわたる制度的、文化的、政治的な要因が絡み合った結果である。2024年9月のFIFAワールドカップアジア予選での日本戦における0-7の惨敗は、その根深い課題を如実に浮かび上がらせた。本稿では、中国サッカーの苦境を「育成システム」「リーグ構造」「政治的要因」の三つの側面から分析し、日本サッカーの成功モデルと比較することで、改革への具体的な提言を行う。


第1章 中国サッカーの育成システムとその欠陥

1.1 短期的成果志向と長期的育成計画の乖離

中国政府は2015年に「中国サッカー改革発展総体方案」を発表し、育成強化を掲げたが、実態は依然として短期的な成果を求める風潮が支配的である。例えば、中国のU-15世代の年間試合数は20試合未満と、日本(45試合)に比べて著しく少ない。また、指導者養成も形式的に留まり、D級ライセンス保持者の多くが実戦指導経験不足のまま現場に配置されている。これが戦術理解の遅れを生み、日本との差をさらに拡大させている。

1.2 学業優先文化とスポーツへの社会的認識

中国では、スポーツと学業が対立する関係にあり、特に保護者の意識がサッカーの発展を阻害している。多くの都市部のサッカークラブでは、「学業成績が一定水準以上でなければ入会不可」とする条件が設けられている。この結果、才能があっても学業に苦手意識を持つ子供たちが、サッカーの道を断念せざるを得ない状況にある。2023年の調査では、12歳以下の選手の58%が中学進学を機に競技を断念しており、その主原因の72%が「学業優先の保護者判断」によるものだった。

また、中国の教育制度においては、中等教育機関の92%が公式サッカー部を持たず、競技継続のためにはプロクラブのアカデミーか専門学校への進路選択を余儀なくされる。この制度的不備が「12歳引退現象」を生み出し、才能ある選手の早期流失を招いている。

1.3 勝利至上主義の蔓延と育成哲学の欠如

中国の育成年代では、試合での勝利が最優先される傾向が強い。U-12カテゴリーにおいて、1試合平均ファウル数が8.2回と、日本(4.3回)の約2倍に達していることからも、フィジカルコンタクトを重視するプレースタイルが育成段階で染み付いていることが分かる。日本のJFAが掲げる「ポジション別技術指標」などのような発達段階に応じた育成基準が存在せず、技術的成熟度よりも即戦力となる選手が優先される。

元中国代表FW楊旭によれば、日本のU-10選手の攻守の切り替え速度が中国のU-13選手と同等のパフォーマンスを示す事例が確認されている。この差異は、中国の指導者が試合中に細かい指示を出しすぎるのに対し、日本では選手自身が判断する機会を与えられる指導法に起因している。

1.4 指導者養成システムの質的格差

中国の指導者資格制度は、実践的な研修が不足している。D級ライセンス取得者のうち73%が、実技指導評価を受けずに資格を取得していることが判明している。日本のJFAが義務付ける指導者更新講習(年間20時間)に対し、中国では資格取得後の継続的研修が任意である。これが、最新の戦術トレンドの理解不足や、適切な指導方法の欠如に直結している。

1.5 組織的腐敗とガバナンス不全

2023年の調査では、中国サッカー協会のユース代表選考において、選手がチーム入りするために平均70万元(約1,500万円)の推薦料を支払うケースが多数報告されている。このような不正が横行する背景には、指導者評価が短期的な成績に依存していることがある。実力ではなくコネクションが重視されるため、真の才能を持つ選手が育成段階で埋もれてしまう。

さらに、政府が2015年に発表したサッカー振興予算5兆元のうち、実際に育成プログラムに投入されたのは43%に過ぎず、残りは施設建設業者との癒着や広告宣伝費に流用されたという内部告発も報告されている。

1.6 地域格差と経済的障壁

北京・上海・広州の3大都市が全プロクラブアカデミーの65%を占める一方、内陸部では専門指導者が1万人あたり0.3人という極端な偏在が確認されている。この格差は、地方出身選手のU-15全国大会出場割合がわずか12%に留まる結果につながっている。

さらに、プロクラブアカデミーの年間費用は平均8万元(約160万円)に達し、中間層以下の家庭にとっては大きな経済的負担となっている。日本のクラブ協定校制度では、低所得層の参加率が78%に維持されており、この点でも両国の機会均等性には明確な差がある。

第2章 中国スーパーリーグの構造的問題

2.1 資金投入とパフォーマンスの非対称性

中国スーパーリーグ(CSL)は近年、巨額の資金を投入し、多くの外国人スター選手を獲得することでリーグの競争力を向上させようとしてきた。しかし、この莫大な投資は、リーグ全体の発展には結びついていない。2023年度のCSLクラブの平均年間予算はJ1クラブの2.3倍に達するが、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)での勝率はJリーグクラブの62%に対し、中国クラブは38%に留まる。

これは主に、資金の使い方が選手の獲得に偏っており、育成や戦術面での投資が不足していることに起因する。外国人選手がチームの得点の大部分を担っており、特に攻撃的ポジションの85%が外国籍選手によって占められている。このため、中国人選手の成長機会が制限され、リーグ全体の競争力が低下している。また、多くの外国人選手が高額年俸を受け取る一方で、短期間でチームを去る傾向があり、リーグの安定性が欠如している。

さらに、クラブの財務管理の不備も問題である。近年、複数のCSLクラブが財政難に陥り、一部のクラブは給与未払い問題を抱えている。これはクラブ経営の持続可能性を損ない、選手やスタッフの士気を低下させる要因となっている。

2.2 組織戦術の欠如と個人主義的プレー

Jリーグではチーム戦術を重視し、ポゼッション率55%以上を理想値としているが、中国スーパーリーグでは個人技に依存する傾向が強い。CSLの試合では、個々の選手がドリブルやフィジカルコンタクトを多用し、組織的なパスワークやポジショニングに関する意識が低い。

データによると、中国のU-18世代のパス成功率は48%と、日本の67%に比べて大幅に低い。この要因として、指導者の戦術理解の欠如が挙げられる。CSLでは、多くの監督が短期間で交代する傾向があり、一貫した戦術体系が確立されにくい。また、外国人監督の影響を受けすぎた結果、リーグ全体として独自のプレースタイルが形成されていない。

加えて、中国の育成年代から、戦術的なプレーよりも身体能力に依存したプレーが奨励されることが多い。このため、選手は基本的なパスワークや戦術理解に欠けたままプロへ進むことが多く、国際試合での戦術的対応力に大きな差が生じている。

さらに、リーグの競争環境が適切でないことも問題である。CSLの一部のクラブは外国人スター選手に依存しすぎており、国内選手が重要な試合で活躍する機会が限られている。そのため、中国代表チームが国際大会で苦戦する原因の一つとなっている。

CSLのさらなる発展には、チーム全体の戦術理解を向上させるための長期的な育成プランが必要であり、個々の選手の能力向上だけではなく、組織としての競争力を強化することが求められる。

第3章 政治的要因が及ぼす影響

3.1 腐敗構造の浸透と改革の限界

中国サッカー協会では汚職事件が頻発し、特に代表選手選考における賄賂の存在が深刻である。2023年の調査では、ユース代表選考において70万元(約1,500万円)の「推薦料」が要求される実態が暴露された。このような構造的腐敗が、有能な選手の登用を阻害し、競技レベルの向上を妨げている。

また、2019年から2023年にかけて、中国サッカー界では一連の汚職事件が発覚し、多くの高官が逮捕された。中国サッカー協会(CFA)の幹部を含む複数の人物が、クラブ運営資金の横領、選手選考への不正介入、審判への賄賂供与といった違法行為に関与していたことが明らかになった。特に、国内リーグの試合結果を操作するための審判買収が横行し、フェアプレーの概念が根本から揺らいでいた。

これらの腐敗行為により、

  1. 実力のある選手が適切に評価されず、コネを持つ者が優先される

  2. クラブ経営が不透明になり、財政管理がずさんとなる

  3. リーグ全体の公正性が損なわれ、観客の信頼を失う

といった問題が深刻化した。特に、国際試合での成績が振るわない背景には、国内リーグの競争の質が低下していたことがある。試合結果が事前に決まっているような環境では、選手は真剣にプレーする動機を失い、全体的な技術・戦術レベルの向上が阻害されていた。

中国政府はこれらの汚職問題に対処するため、2023年以降に大規模な改革を進めているが、依然として選手育成やリーグ運営において、透明性の欠如が続いている。国際基準に基づいた監査機関の設置や、デジタル技術を活用した選手評価システムの導入が求められる。

3.2 国家戦略としてのサッカー政策の矛盾

中国政府は2015年に10万カ所のサッカー施設建設を掲げたが、実際の利用率は都市部で45%、地方では18%に過ぎない。数値目標を達成することが優先されるため、実効性のある運営計画が欠如し、放置された人工芝ピッチが各地で見られる。

また、政府主導の「トップダウン型改革」は、現場レベルの実情を考慮せずに進められる傾向があり、実際の競技環境の改善にはつながっていない。例えば、学校教育との連携が不十分であるため、新設された施設が十分に活用されないケースが多発している。

さらに、サッカーを国威発揚の道具として利用する姿勢が、長期的な発展の妨げになっている。政府の目標は短期間でのW杯出場や成績向上に集中しており、育成のための環境整備やリーグ運営の持続可能性に対する関心が低い。この結果、

  • 現場の指導者や選手が短期的な成功を求め、育成計画が軽視される

  • 資金の流れが不透明になり、適切な競技環境の整備が進まない

  • 若年層へのサッカー文化の浸透が遅れる

といった問題が発生している。

中国サッカー界が持続的な成長を遂げるためには、

  • 政治的な介入を最小限に抑え、競技団体の独立性を確保する

  • 透明な資金管理体制を整え、汚職を排除するための厳格な監査制度を導入する

  • 学校教育と連携し、基礎レベルでの育成環境を充実させる

といった施策が不可欠である。

第4章 日本サッカー成功モデルの比較分析

4.1 百年構想に基づく持続的システム

日本のJリーグは「百年構想」に基づき、地域密着型クラブ運営を実施している。この「百年構想」は単なるスローガンではなく、実際にクラブ経営の基盤となっている。この構想の下、Jリーグの各クラブは自治体や地元企業と緊密に連携し、長期的な視点での育成・運営を進めている。

J3リーグのクラブの72%が自治体と連携した地域振興プログラムを持つのに対し、中国の甲級リーグ(J2相当)では企業広告を目的とした命名権契約が89%を占める。この違いが、ファン基盤の定着率(日本82%、中国43%)に表れている。日本では、地域住民がクラブを支える「市民クラブ」型のモデルが確立しており、長期的な財政安定性を確保しているのに対し、中国ではスポンサー依存型の経営が主流であり、短期的な資金投入がなくなると経営が困難になる。

さらに、日本のJリーグはリーグ全体の競争力を向上させるため、J1・J2・J3のクラブ間の昇降格システムを確立し、健全な競争環境を作り出している。これに対し、中国スーパーリーグでは一部クラブの経営破綻や不正が影響し、リーグの安定性が確保されていない。

4.2 教育システムとの有機的連携

日本のサッカー育成システムの強みの一つは、学校教育との密接な連携にある。日本の「エリートプログラム」は学校教育と連動し、年間300日以上のトレーニング体系を確立しているが、中国の同様のプログラムは180日程度にとどまる。この差が選手の成長速度に大きな影響を与えている。

また、日本では全国高等学校サッカー選手権大会などの伝統的な育成システムが確立されており、若手選手が競争環境の中で成長する機会を得られる。一方、中国では学校とプロクラブの育成機関との連携が弱く、育成の継続性が確保されていない。

さらに、日本のJFA(日本サッカー協会)は、指導者ライセンス制度を整備し、育成年代のコーチングの質を向上させるための教育プログラムを充実させている。日本ではUEFAライセンス相当の指導者が多く育成されているが、中国ではまだ指導者の質が均一化されていない。

このように、日本サッカーの成功モデルは、地域密着型のクラブ経営、学校教育との連携、そして長期的な視点に基づいた育成体制の三位一体の仕組みで支えられている。中国サッカーが成功を目指すのであれば、単なる短期的な資金投入ではなく、こうした構造的な改革が必要となる。

第5章 中国サッカー改革への提言

5.1 育成システムの再構築

中国サッカーの競争力向上には、ユース世代の育成改革が不可欠である。まず、試合経験の不足を解消するため、U-15選手の年間試合数を日本と同等の45試合以上に引き上げる必要がある。特に地方リーグの整備を強化し、地方都市に埋もれた才能の発掘を進めることが重要だ。これにより、限られたエリート層だけでなく、より幅広い選手層の育成が可能となる。

指導者の質の向上も急務である。JFAの指導者ライセンス制度を参考に、年間50時間以上の実践研修を義務化し、継続的な学習を促進することで、最新戦術の理解を深める。また、指導者の更新研修を必須化し、ライセンス取得後も最新のトレーニング手法を習得できる仕組みを整備することが求められる。

5.2 リーグ構造の見直し

現在の中国スーパーリーグは外国人選手への過度な依存が課題となっている。国内選手の育成を促進するためには、リーグ全体の戦略的見直しが必要だ。具体的には、国内選手の出場時間比率を70%以上に引き上げる施策を導入し、特にフォワードや攻撃的MFといった得点に直結するポジションでの外国人選手枠を制限することで、中国人選手が国際的な舞台で活躍できる機会を増やす。

クラブ経営の地域密着化も重要である。Jリーグの「ホームタウン制度」を参考にし、地方自治体との連携を強化することで、クラブの財務安定性を確保し、地域住民の支持を得る仕組みを構築する。このモデルを導入することで、中国国内でもサッカー文化の定着を促すことが可能となる。

5.3 政治的ガバナンスの改革

中国サッカーの発展を阻害する大きな要因の一つが、政治的介入とガバナンスの不透明性である。まず、選手選考やリーグ運営の透明性を高めるため、ブロックチェーン技術を活用し、選手評価や選考プロセスを可視化する仕組みを導入することが求められる。これにより、不正や賄賂による選手選考の不公平性を排除し、実力のある選手が正当に評価される環境を整えることが可能となる。

また、外部監査機関の設置を義務付け、リーグ運営やクラブ財務の監査を定期的に実施することで、賄賂や政治介入を防止する。クラブの収益管理や資金調達の透明性を向上させることで、健全な競技環境を維持することができる。

さらに、資金配分の見直しも不可欠である。現在、中国政府はサッカー振興の一環として大規模な施設建設を推進しているが、これに偏った資金投入では競技力の向上につながらない。施設建設費を削減し、指導者育成や国際交流プログラムへの投資を増やすことで、長期的な選手育成の基盤を強化する必要がある。

結論

中国サッカーの再生には、短期的な成果を求める姿勢を改め、中長期的な視点に立った持続可能な育成システムの構築が不可欠である。本論文で指摘したように、中国サッカーの停滞は、育成システムの欠陥、リーグ構造の問題、政治的な干渉という三つの要因が相互に絡み合い、負のスパイラルを生んでいる。

日本の成功モデルに学ぶべき点は多く、特に「百年構想」に基づく地域密着型のクラブ運営や、学校教育との有機的な連携、Jリーグの持続可能な経営モデルは、中国サッカーが目指すべき方向性を示している。指導者の質を向上させるための体系的な研修制度の確立、ユース世代の試合環境の整備、リーグの競争力を高めるための昇降格制度の確立といった施策が不可欠である。

また、政治的なガバナンスの改革も急務であり、サッカー協会の透明性向上や、外部監査機関の導入、選手選考の公正性を確保するシステムの構築が求められる。さらに、リーグ運営においては短期的な資金注入による即席の強化ではなく、長期的な視点に基づいた財務戦略が不可欠である。

この改革を成功させるためには、サッカー協会のみならず、政府、民間企業、教育機関が一体となって包括的なアプローチをとることが求められる。特に、地域社会の支援を受けたクラブ経営の安定化、育成世代の選手に対する適切な環境整備、そしてリーグの競争力向上を目指した制度改革が重要である。

中国がアジアのサッカー強国としての地位を確立し、国際舞台で成功するためには、単なる技術面の強化ではなく、制度的・文化的な根本改革が不可欠である。短期的な成功を求めるのではなく、持続可能な成長を目指した一貫した改革こそが、中国サッカーの未来を切り開く鍵となる。

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