← 歴史的アーカイブ一覧へ2016年夏季五輪について、アジア・オリンピック評議会(OCA)のアハマド会長は3日、シンガポールで開かれた総会で、「東京が10月のIOC総会で成功を収めるよう希望している」と東京での五輪開催を支持する意向を表明した。
総会の時間が予定より大幅にずれ込み、「東京支持が難航か?」などと思わせたが、結局、都議選告示日を横目にシンガポールに飛んだ石原都知事の面目もたったということだ。万が一、「不支持」「支持見送り」にでもなったりしたら、「アジアでも支持をとりつけられないなら」と10月のIOC総会を前に“不戦敗”にもなりかねないだけに、東京の招致関係者も「ほっと一息」というところだろう。選挙戦まっさかりの都議選にも多大な影響が出る可能性があった。(個人的にはそちらも面白かったと思うが)
さて、東京が招致する2016年五輪。日本では賛否両論、立候補4都市中、日本の支持率が一番低いということで、中国でも大きく報道されていた。都議選の争点の一つともいわれているが、私自身は以前もブログに書いたように、80パーセントの支持など必要なく、50パーセントずつの支持・不支持のなかで、厳しい都民・国民の目にさらされながら、粛々と五輪招致を進めるべきだと思う。
私はさまざまな問題があると思うが、五輪招致には賛成だ。
数百億単位の莫大な都・国家予算をつぎ込み、招致活動、そして実際の大会を実施するのは「無駄」という声も大きい。そんな予算があるのならば、雇用対策・福祉・教育をもっと充実させるべき・・・というのももっともな考え方だと思う。
だが・・・それでも、私は五輪をこの日本で、東京で開催する価値は十分にあると思う。
私はメディアの一人として、北京五輪の開催3年前から、五輪に向け変化を続ける北京をつぶさに見てきた・・・。世界中から多くのバッシングを受けながらも、一歩一歩、「五輪開催にふさわしい都市」となるべく進化し続けてきた街に身を置いた。
そして、大会中はメディアという立場に加えて、五輪の競技場の外国人スタッフという立場で、北京五輪を裏から見ることもできた。若いボランティアスタッフとともに、早朝から夜遅くまで、真夏の太陽がジンジンと照りつけるお椀型の競技場で、大会運営に携わってきた。その中で、北京五輪を支えた人たちが、決してお偉い官僚や経済人ではなく、名もない、身を粉にして尽くす一般の人たちであることを感じた。競技日程が全て終了したときの、彼らのあの充実した表情・・・一仕事終えた・・しかも国家の大事業を終えた・・・そんな充実感に満ちた顔。
いやいや・・・一つ一つ挙げていてはきりがないから、このブログを振り返って、みていただくことにしよう。
何はともあれ、五輪は都市を・・・そして人間を、若者を、子供を、大人たちを成長させてくれるし、喜びを与えてくれる。それは「五輪がきた街」に身を置いた人間でなければわからない気持ちだ。
あのわくわく感、期待感・・・そして一流のアスリートたちのパフォーマンスを「鳥の巣」で間近にみたときの感動、9万人の大観衆が起こす地鳴りのような歓声・・・。
私は異国の地に住みながら、あの北京五輪でたくさんの元気をもらったし、次の人生の目標を得ることができた。もちろん、私より若い世代、そして子供たちが、あの感動的な時間から、どれだけのものが得られるか・・・それは言葉では語りつくせないだろう。
もちろん、首都・東京は「お金の使い方」をしっかり考え、無駄なく、「誰もが幸せに暮らせる都市」を作ることは大切だ。だが、同時に、「目に見えない心のときめき」も感じさせてくれる都市であって欲しいと思うし、それが今回の五輪招致だと思う。
今後も五輪招致に向けた東京の動きをこのブログでレポートしていきたい。
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五輪
HISTORICAL ARCHIVE / 2009-07
東京の五輪招致を支持する
過去掲載記事をアーカイブから復元したものです。本文は当時の表記を維持しています。
出典・公開日時・復元状況
- 原掲載先
- スポーツナビ+/スポーツCHINA〜体育中国
- 筆者(原ページ署名)
- asa8043
- 当時の公開日時
- 2009/07/03 23:56 GMT+9
- 公開日時の根拠
- dc:dateとページ内日付・投稿時刻を照合一致
- 復元元URL
- http://www.plus-blog.sportsnavi.com:80/asa8043/article/520
- 保存日時(UTC)
- 2009-07-06T13:31:56Z
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