← 歴史的アーカイブ一覧へHISTORICAL ARCHIVE / 2007-03
香港スポーツに理想を見た
過去掲載記事をアーカイブから復元したものです。本文は当時の表記を維持しています。
出典・公開日時・復元状況
- 原掲載先
- スポーツナビ+/スポーツCHINA〜体育中国
- 筆者(原ページ署名)
- 朝倉浩之
- 当時の公開日時
- 2007/03/17 10:07 GMT+9
- 公開日時の根拠
- dc:dateとページ内日付・投稿時刻を照合一致
- 復元元URL
- http://plus-blog.sportsnavi.com:80/asa8043/article/48
- 保存日時(UTC)
- 2009-02-03T15:56:10Z
- Internet Archive
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- 本文の復元状況
- 保存本文を抽出し原HTMLと照合済み。保存前の欠落や編集履歴は未確認。
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- 原文の参照位置に写真3か所を復元しました。未復元・掲載保留は0か所です。写真は本人撮影・権利保有を確認済みです。
当時の公開日時:2007/03/17 10:07 GMT+9 / 筆者:朝倉浩之
ブログの更新を1週間後無沙汰してしまった。
先週終わりから、香港に滞在し、しばらく取材等を行っていて、北京に帰ってからも
2,3日、執筆に手がつかなかったのである。
実は、私にとってははじめての香港。大陸暮らしを何年か続けた身にとっては、
まさに別天地のような雰囲気のする香港はかなりのカルチャーショックを受け、
「一国二制度」のすさまじさを十分に感じた。
交通、街づくり、商業地の様子など、どれをとっても、日本の東京以上の「効率が高い」町であり、
聞いていた以上の”都会”。私などは、北京から上ってきた田舎者という感じで、
香港のビル街に圧倒されたというのが正直なところだ。これが日本からの観光客として
香港入りしていれば、また異なる感覚を得たのだろう。
さて、今回の目的の一つが、「香港スポーツ」の現状について探るというものであった。
香港はご存知のとおり、スポーツの世界では独立した組織を持っており、
五輪組織委員会、サッカー協会など、いずれも大陸とは一線を画した存在となっている。
だからサッカーW杯等でも、中国香港は独立した選手団を派遣して、メダル争いを
繰り広げることになる。大陸のメダル量産の影に、香港はやや影の薄い存在となりがちなのだが、
さあ、一体、香港スポーツの現状はどうなのだろうか・・・これが今回のテーマであった。
これについての詳細な分析は後に譲る。ただ、香港市内のさまざまなスポーツ施設等を視察、
見学して受けた印象について、述べるに留める。
私自身は非常にスポーツ的には豊かな町という印象を受けた。
香港は面積も狭く、競技場等も十分なスペースが取れない。たしかに『香港コロシアム」等、
競技場はあるものの、一般の人たちが利用するいわゆる「社会スポーツ」の場となる
運動場や体育館の不十分さがよく指摘されていた。そのため、少人数によるバスケットボールなど
比較的、小さい面積でも体を動かすことが可能なスポーツが好まれるという。
だが、その条件の悪さをカバーするように、豊かな社会スポーツの土壌が生まれ育っている印象を受けた。
私が訪れたのは競馬のメッカ、「ハッピーバレイ競馬場」。この日は、競馬の開催はなく、パドックもレース場も静かに芝を休めていた。だが、その中には、巨大なサッカー・ラグビー場が2面あり、それらをもう2つに区切って、計4面の芝の競技場を作り上げていた。そして、そこではまさに老若男女がスポーツに汗を流していた。15,6歳の中華系の少年少女のチームがサッカーの試合をしている隣では、4,50代の中年男性たちがボールを追いかけていた。彼らはどうやら、西洋系の白人と中華系の人たちの混成チーム同士のようだった。
面白かったのは、ある少年チームが着用していたユニフォームだった。彼らの服は深いブルー。そして胸には、どこかで見たエンブレムがついてあった。そう、それは日本代表のつけるマークである。私はてっきり、香港在住の日本人の子供たちだと思ったが(肌の色も同じで見分けはつかない)、実は全員、中華系。コーチに話を聞くと、もともとの指導者が大の日本代表好きで、ユニフォームもそれで揃えたというのだ。もし大陸ならば、日本代表のユニフォームを模した服を着て、試合に出場するなど、ありえず、確実に社会問題となるだろうが、もちろん、ここ香港ではそんな心配はない。
そしてもう一つのエリアでは、4,5歳前くらいの、就学前の子供たちがラグビーを楽しんでいた。大部分はイギリス人のようだったが、中には中華系の子供たちが混じっていた。そして周りでは、親たちが集まり、父親たちはコートの脇に作られた「即席ビアガーデン」でジョッキを持ちながら、母親たちはおしゃべりに花を咲かせながら、子供たちのプレーを見ていた。チームには専門のコーチがおり、非常に体系的な指導がなされていた。コーチや子供たちの顔には笑顔が絶えないのが印象的であった。ハッピーバレーだけではなく、香港市内では、週末のこのような光景をいたるところで見た。
サッカー、ラグビーという組み合わせがイギリス植民地時代の流れを色濃く感じさせるが、この点については、「プラスの遺産」といえるだろう。
このような風景は日本でも良く見られるようになっている。いわゆる「社会スポーツ」であり、地域の人たちが作るクラブチームとして、学校スポーツとは別個の存在におかれる。学校スポーツのもたらす弊害を取り除く(すなわち「過度に教育目的に重点が置かれる」等)スポーツのあり方として、必要が叫ばれている形態である。
だが、これらは大陸においては、まだまだ見ることができない。ようやく学校スポーツの重要性が今、言われている段階である。(この点についてはホットな話題であり、後ほど取り上げる)そしていつも言うように、オリンピックに出場する「国家代表」を頂点とした「エリートシステム」の構築により、
スポーツの世界を日常生活の別世界に仕立て上げてしまっているというのが現状である。
もちろん、これはスポーツを国家発揚に利用してきたということによるものである。だが、この現状を変えていかねばならないという認識は、当局にもあり、最近、いわゆる「スポーツ人口」の増加に向けたキャンペーンが北京では行われている。
香港の現状を見ていると、やはり経済的なゆとりというものが、どれだけスポーツに豊かな環境をもたらすか、ということも良く分かる。決して、五輪でメダルをとれなくても、週末に多くの人たちが気軽にスポーツを楽しめる環境があるのは幸せなことだ。
一国二制度下において、香港は大陸と異なる経済体制のもとにあり、また歴史的経緯からしても、比較すること自体が無意味ではある。だが、メダル争いに国家の威信をかけ、エリートスポーツを徹底して推し進める大陸のこれまでのやり方は、今後、少しずつ改善していく必要があるのは確かだ。今年の中国スポーツのテーマである「学校スポーツの充実」を推し進めるとともに、2008年の北京五輪が、「スポーツを我が手に」取り戻そうとする大陸の人たちにとって、大きな節目となってほしいと願っている。
原掲載記事の写真。撮影:筆者。保存日時(UTC):2014-03-06 07:19:39。保存元
原掲載記事の写真。撮影:筆者。保存日時(UTC):2014-03-06 07:42:12。保存元
原掲載記事の写真。撮影:筆者。保存日時(UTC):2014-03-06 07:37:30。保存元原文の参照位置に写真3か所を復元しました。未復元・掲載保留は0か所です。写真は本人撮影・権利保有を確認済みです。
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