← 歴史的アーカイブ一覧へ1月初旬から2月中旬まで40日あまりに渡って、中国五輪チーム(U-22代表)は欧州、そして香港での“合宿生活”を送った。ロンドンでは、地元の2部チームなど3度にわたって「乱闘騒ぎ」を起こし、世界中に報道されるなど失態もあり、またプレミアの2軍チームに完敗。満を持して望んだ中国の春節(旧正月・中国では最も盛大に祝う)恒例の「香港サッカー新年杯」では決勝まで勝ち進んだものの、試合中の動きは決して満足できるものでないなど、中国のスポーツマスコミはこぞって不安材料を書き立てている。では、中国期待の五輪チームは今、いったいどんな状態にあるのか。関係者の取材を元に、私なりに、今回のキャンプの功罪をまとめてみたい。
まず今回の合宿の収穫である。例の乱闘騒ぎで、今回のキャンプの意義など全く消し去ってしまったという厳しい見方がある中で、あえて収穫をあげるならば、チーム内への「ドゥイコビッチイズム」の浸透といえるだろう。
セルビア人のドゥイコビッチ監督は去年10月、中国五輪チームの監督に就任した。数多くの候補者が挙がっては消え、半年あまりの迷走を続けた上、ようやくの監督決定であった。そのバタバタもあり、12月のアジア大会は、選手選考も中国サッカー協会の手によるもので、「ドゥイコ色」はほとんどといっても生かせなかった。結果的には、準々決勝でPK戦によりイランにやぶれ、ベスト8どまりという、中国サッカーファンにとってはやや不満の残る結果となった。
ただ、この大会、少しこれまでと違ったと感じられたのは、選手たちの「闘争心」であった。ボールに対する積極性、1対1での粘り強さなど、「一人っ子世代」の彼らに最も欠けた部分がそれであり、ドゥイコビッチが最初に手をつけたのが、選手の「精神的部分」の改革だったのだ。
その「改造計画」に成果が現れてきたのが、欧州・香港の今回の合宿だったといえる。さらに、春節の香港新年杯では、「スピード」を旨とするドゥイコ色のサッカーが少し垣間見られたような気がする。ただ、決勝のジャマイカ戦にしても0-0でPK戦により破れたとはいえ、まだまだ「戦う集団」としての気迫のようなものがなかなか感じられず、随所に甘さが見られ、まだまだドゥイコ色が浸透していない印象を受けたのも事実だ。
さて一方、「負」の面である。例の乱闘騒ぎでこの「負」の面が大きく強調されたのは言うまでもない。そして、「軍隊並み」の厳しい統制と長期にわたる合宿生活が選手にストレスを与え、それが爆発した・・・というのが、乱闘騒ぎの「要因」とされるものである。もちろん、原因はこれだけに留まらないが、このことが、先ほどの「精神面」の問題点の中で、今も残る大きな課題といってもいいだろう。選手たちにとっては、試合中の厳しいマーク、ラフプレーの中でどれだけ自らをコントロールできるか、さらに試合外の厳しい環境の中で、いかに平常心を保てるかということは、1年半後の最高のプレッシャーの中での「本番」の出来に大きく関わってくる。さらに指導陣についても、ただ締め付けるだけの選手統制法に問題があったことを考えなければなるまい。
HISTORICAL ARCHIVE / 2007-02
中国五輪チーム、欧州・香港遠征で何を得たのか
過去掲載記事をアーカイブから復元したものです。本文は当時の表記を維持しています。
出典・公開日時・復元状況
- 原掲載先
- スポーツナビ+/スポーツCHINA〜体育中国
- 筆者(原ページ署名)
- 朝倉浩之
- 当時の公開日時
- 2007/02/27 00:29(タイムゾーン表示なし)
- 公開日時の根拠
- ページ本文の日付・投稿時刻を確認。タイムゾーン表示なし
- 復元元URL
- http://www.plus-blog.sportsnavi.com:80/asa8043/article/43
- 保存日時(UTC)
- 2007-02-28T14:44:34Z
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