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HISTORICAL ARCHIVE / 2007-12

中国五輪代表、米との親善試合で乱闘寸前・・

過去掲載記事をアーカイブから復元したものです。本文は当時の表記を維持しています。
出典・公開日時・復元状況
原掲載先
スポーツナビ+/スポーツCHINA〜体育中国
筆者(原ページ署名)
asa8043
当時の公開日時
2007/12/17 21:53 GMT+9
公開日時の根拠
dc:dateとページ内日付・投稿時刻を照合一致
復元元URL
http://www.plus-blog.sportsnavi.com:80/asa8043/article/295
保存日時(UTC)
2007-12-19T16:16:50Z
Internet Archive
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当時の公開日時:2007/12/17 21:53 GMT+9 / 筆者:朝倉浩之

中国オリンピックチームがまたも乱闘寸前・・・ 16日、中国・広州の越秀山体育場で、米国オリンピック代表との親善試合が行われた。 ここで、中国代表は、相手の身体に対する肘打ちや故意の接触などラフプレーを繰り返した。 ロスタイムには、接触プレーで倒れこんだ中国の王暁竜が起き上がり際に相手選手を肘で小突き、小競り合いに。その後、チームメートが止めて、事なきを経たが、今年2月、ヨーロッパ遠征中に起きた“乱闘騒ぎ”の二の舞になりかねない事態だった。 http://sports.sina.com.cn/n/2007-12-16/19213362877.shtml 試合は、前半、アメリカが3点を奪ったものの、後半に中国が3点を奪い返し、3-3で引き分けたが、あまりにも後味の悪い試合となった。 試合終了後、ドゥイコビッチ監督は「選手たちの、試合に対する“態度”の問題」と語るとともに、「このままだと、ファンはブーイングをするだろうし、メディアは我々を批判するだろう」とチームに対する危機感を示した。(中国スポーツメディア各紙より) 私は、この試合を現場で見たわけではないし、直接、関係者から話を聞いたわけではない。だが、映像を見れば、中国選手たちのあまりにもオーバーな動作は明らかだった。 確かに米国代表の動きはスピーディーで、個人技も強く、中国選手にとっては厳しい試合となるのは間違いなかった。ドゥイコビッチ監督が「とにかくひどかった(北京晩報)」と振り返る前半を終えて、0-3。後半は、選手たちの動きがどんどん大きくなっていく・・。そしてラフな接触が増え、試合は荒れ気味の空気となっていく。米の選手は何度も主審の趙亮(中国)に訴えるが、彼も全く意に介さない。米国の監督が試合後、「0-3から“誰かさん”の助けで同点になった」と冷笑したのはこのためだ。 結局、最後に、王暁竜が爆発し、米選手ともみ合いになるというオチがついて、『小学生の喧嘩』のような試合は終わった。だが、冬合宿の成果を試したいとして臨んだ中国代表にとっては嫌な後味が残っただけ。来年3月に五輪北米予選を控えて調整を続ける米国にとっても、あまりにも意味のない練習試合となった。 中国五輪チームといえば、今年2月に行われた欧州遠征で、練習試合中、大乱闘を起こし、社会問題となった。その後、選手の粛清を含め、様々な措置を講じてきた五輪代表だが、1年近くたっても、これでは「成長なし」といわれても仕方がない。 http://www.plus-blog.sportsnavi.com/asa8043/article/35 20歳前後の若い選手たち。試合中、気持ちがエキサイトすることもあるだろう。一つのボールを、一つのゴールを奪うために、我を忘れて、「行き過ぎて」しまうこともあるかもしれない。その一生懸命さ、その執念に触れたとき、私たちスポーツファンもまた彼らと一緒に熱くなる事ができる。 だが、そんな「ファイティングスピリット」と相手への悪意や攻撃は全く性質が異なる。「悪意や攻撃」が生み出すプレーは醜く、そこからは何の感動も得られない。ただ白けてしまい、ソッポを向いてしまうだけだ。 中国の五輪代表「国奥(五輪の意味)」は、今年2度にわたって、そんなプレーをファンにさらけ出してしまった。 今年は『スポーツ選手の素質(学力・人格を含めた広い意味を指す)』がテーマとなった年だった。先ほど触れた「五輪代表の乱闘騒ぎ」でサッカー選手の『素質』が論議の的になり、その後は、メダルを売りに出す元選手が現れるなど引退後のアスリートの生活問題も話題となった。また大学生チームがプロリーグに昇格し、旋風を巻き起こすなど、これまで高等教育に無縁だったスポーツ界が少しずつ変化の兆しを見せた年でもあった。 『学歴』と人格を一緒くたにするつもりは毛頭ない。また、子供の頃からサッカー漬けで育ってきた五輪代表の選手たちの生き方が間違っていたとはいえない。 だが、少なくとも「ルール」という共通認識の下で戦うという、スポーツの基本を守れない選手に『スポーツ選手』とは名乗って欲しくないし、国を代表して戦う資格はないと思う。 たかがサッカー・・・されどサッカーだ。サッカーは良くも悪くも、その国のスポーツ文化を代表する。そして、例え経済や政治の調子が悪くても、素晴らしいサッカーチームを持っていれば、市民は元気になれる・・・僕はそう思う。 だから、国旗を身につけて戦う代表選手には、それだけの責任があるはずだ。中国の五輪代表の選手たちはそれを自覚しているのだろうか。 ある記者が、この試合について、こう書いていた。「2008年の五輪開催国として、我々は安っぽい尊厳はいらない。親善試合で、こんな試合をして、来年、またこんなものを世界に見せる気か?」 このブログ記事でも、何度かお伝えしているように、今、中国サッカーは大きな危機を迎えている。国家代表、五輪代表、二つの代表チームに対するファンの信頼は完全に地に落ちているのだ。その信頼を回復するのは、そう簡単ではない。私は、そのためには「勝利」しかないと考えていた。だが、残念ながら、五輪代表はまだそのレベルではないのかもしれない。 もはや人員を大幅入れ替えすることも出来ないから、2008は彼らで戦っていくほかない。選手たちのミーティングも必要だろう。自分たちの何が問題なのか、何を改善しなければならないのか、戦術や技術面以前の問題を解決しなければならない。そして先ほど述べた『責任』を自覚する必要がある。中国のサッカーファンの中には、まだ、心のどこかに、来年の爆発的な躍進を期待する気持ちがあるはずだ。 何より、中国サッカーは2008年の五輪で終わるわけではない。中国のサッカー文化は今まさに始まったばかり。だが、今の代表チームがなければ、次のチームは生まれてこないのも確か、なのである。
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