SPORTS CHINA
中国体育
A CLOSER LOOK AT
SPORTS IN CHINA
← 歴史的アーカイブ一覧へ
HISTORICAL ARCHIVE / 2007-08

<プレ五輪>野球日中戦、今日も色々あったけど・・・現場報告

過去掲載記事をアーカイブから復元したものです。本文は当時の表記を維持しています。
出典・公開日時・復元状況
原掲載先
スポーツナビ+/スポーツCHINA〜体育中国
筆者(原ページ署名)
朝倉浩之
当時の公開日時
2007/08/24 01:28 GMT+9
公開日時の根拠
dc:dateとページ内日付・投稿時刻を照合一致
復元元URL
http://www.plus-blog.sportsnavi.com:80/asa8043/article/176
保存日時(UTC)
2007-08-25T12:59:34Z
Internet Archive
保存ページを開く ↗
本文の復元状況
保存本文を抽出し原HTMLと照合済み。保存前の欠落や編集履歴は未確認。
写真の復元状況
原文の参照位置に写真2か所を復元しました。未復元・掲載保留は1か所です。写真は本人撮影・権利保有を確認済みです。

当時の公開日時:2007/08/24 01:28 GMT+9 / 筆者:朝倉浩之

日本代表 5-2 中国代表 北京五輪のプレ大会「グッドラック北京」のシリーズ大会、国際野球招待戦は23日、決勝戦が行われ、日本は、5―2で中国に逆転勝ちし、星野代表監督が臨んだ初の公式戦で優勝を飾った。 初回、中国は先頭打者が四球で出たあと、2番王超の右中間二塁打で先制。続く今大会大当たりの3番賈昱冰が右前安打で続いて、2点を奪った。だが、日本は二回、大和(阪神)の適時三塁打など5安打を集中し、4点をとり逆転。六回にも1点を追加し、その後は4投手の継投で逃げ切った。
20070824-01.JPG
原掲載記事の写真。撮影:筆者。保存日時(UTC):2014-03-06 07:37:25。保存元
優勝が決まった瞬間               満員の観客 試合開始は現地時間午後6時(日本時間7時)。すでに前々日には、入場券は売り切れていた。ただ、会場前をたむろしていた違法な転売業者(いわゆるダフ屋)に聞いたところ、50元の入場券は高くても6,70元で『転売』しているとのこと。想像していたほどの『チケット騒動』は起きなかった。 一組の親子連れに話を聞くと、小学生の息子さんは野球を来月の新学期(中国は9月入学)から始めるのだという。グラウンドの選手をしっかり見て、勉強するんだよ、と言い聞かせているお父さんと息子の会話が微笑ましかった。
20070824-00.JPG
原掲載記事の写真。撮影:筆者。保存日時(UTC):2014-03-06 07:42:09。保存元
              一触即発? 試合中、選手同士がややエキサイトする場面があった。特に6回、賈昱冰(マリナーズ傘下)に死球があたったときは、賈がマウンドに詰め寄り、場内が騒然とする一幕があった。そのあと、セカンドの大和(阪神)と何やら言い争う様子が見られたが、これについて試合後、大和は「言葉も通じないので、何を言っているのか、全く分からなかった。これ以上は何も言いたくない」とこの件について、コメントを避けた。 もう一つ、日本代表の攻撃で、ランナーが一塁でリードしていて、帰塁したときに、中国の一塁手がランナーの手と足をスパイクするという行為が『2度にわたって』あったことが、星野監督の試合後の話で分かった。星野監督は「野球に死球はつきもの(6回)。互いに投手がミスすることはある。だが、一塁手がああいうプレー(前述のプレー)をしているうちは、中国野球は絶対に強くならない」と強い口調で批判した。 一方、ラフィーバー監督は『死球によるエキサイトも選手たちの闘志の表れ。彼(賈昱冰)は闘争心を持った選手。たしかに、あの行為で試合の雰囲気がややおかしくなったが、そのあとは、おかげで引き締まったと思う』と語った。だが、「手足スパイク」の件については、触れなかった。 「君が代」が響く・・・場内は・・? 試合後は、セレモニーが行われ、優勝した日本に金メダル、準優勝の中国に銀メダルが贈られた。「君が代」が場内に流れたが、今回に関しては、観客はほぼ全員が起立し、優勝した日本代表に敬意を払った。試合終了直後は、一瞬、観客にため息が漏れたが、そのあと、日本の胴上げに対して、多くの観客が拍手と歓声を送っていた。 某民放局の記者がデジタルカメラを持って、観客席をうろうろし、日中対決の「不測の事態」を期待していたようだが、何も起きず(笑)。 日本代表に拍手を送る中国の観客 予選リーグでチェコ戦、フランス戦と本来の調子を出せなかった日本。だが、アマチュアとプロの混成チームが、チームとして一体になるには、それなりに時間がかかるもの。国際試合という難しい環境の中で、試合を追うごとに、まとまりが出てきたような気がする。もちろん、あってはならないミスもいくつかあったが、それを乗り越えて、結果的に『優勝』出来たことは、選手たちにとって、大きな自信になったと思う。彼らは、これから1軍、もしくはプロに入って活躍しようという前途ある若い選手たちである。来年8月、一人でも多くの選手たちが、もう一度、日の丸をつけて、この場所に帰ってきて欲しい・・、そして、今回と同じ金色のメダルを首にかけてほしい・・・そう願わずにはいられない。
原文の参照位置に写真2か所を復元しました。未復元・掲載保留は1か所です。写真は本人撮影・権利保有を確認済みです。
← 歴史的アーカイブ一覧へ