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HISTORICAL ARCHIVE / 2007-07

五輪代表でまた不祥事・・・選手がコーチに暴言?

過去掲載記事をアーカイブから復元したものです。本文は当時の表記を維持しています。
出典・公開日時・復元状況
原掲載先
スポーツナビ+/スポーツCHINA〜体育中国
筆者(原ページ署名)
asa8043
当時の公開日時
2007/07/21 23:29 GMT+9
公開日時の根拠
dc:dateとページ内日付・投稿時刻を照合一致
復元元URL
http://www.plus-blog.sportsnavi.com:80/asa8043/article/124
保存日時(UTC)
2007-12-01T02:39:33Z
Internet Archive
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当時の公開日時:2007/07/21 23:29 GMT+9 / 筆者:朝倉浩之

中国オリンピックチームにまた頭の痛い問題が起きた。 中国中央テレビCCTVが伝えたところによると、代表の一人、FW呂征(山東省)が練習中、コーチと衝突し、「過剰な行動」をとった。 ドゥイコビッチ監督は呂征に対し、直ちにコーチに謝罪することを要求。同時に、五輪代表からの“除名”を言い渡した。五輪代表は現在イタリア遠征中で、即刻、呂征は帰国させられた。 報道によると、事件が起きたのは20日で、この日、チームは3組に分かれて、パスとシュートの練習を行っていた。賈秀全コーチが呂征に指導をしたが、練習後、これについて口論となったという。ドゥイコビッチ監督は現場にはおらず、この日の練習は賈秀全コーチが全体を取り仕切っていた。 この報告を聞いて、ドゥイコビッチ監督は直ちに「除名処分」を行った。ドゥイコビッチ氏はこの処分について、「確かに呂征は前途ある有能な選手。だが、チームとして規律は第一であり、全ての選手はコーチを尊重しなければならない。」と述べた。 呂征の処遇については、本人の今後の様子を見て決めるという。 実は呂征の「除名」は今回が最初ではない。今年初めに五輪代表に入った呂征だが、ヨーロッパ遠征中の練習試合で、悪質な報復的プレーをしたとしてレッドカードを受け、退場。その後、メンバーからはずされたという経歴がある。 ただ、そのときは、帰国後、自チーム(山東魯能)で実績を上げ、また代表チームに呼び戻された。今回はそれに続いて・・ということになる。 中国五輪代表は、今年、この手の不祥事が続いている。去年のアジア大会の際、代表選手の一人が「生活の乱れ」から処分を受けたし、よく知られているものでは、今年初めのヨーロッパ遠征の際の「暴動」事件もあった。この事件は、その後の調査で、決して中国五輪代表だけが責められるわけではないことが分かったが、それでも一国の五輪代表として、責任は免れることはできないだろう。 当然、この「暴動」事件と、今回の呂征とは、必ずしも同じレベルにおくことはできない。一方は練習試合とはいえ、国際試合での出来事。こちらはチーム内での出来事である。また選手とコーチが対立する・・というのは、よく聞く話でもある。(ただもし、暴力的行為があったのならば、それは許されないことだが・・) だが、これらの「事件」がいずれも、チームのサッカーの内容ではなく、選手たちの「資質」から起きた事件であるという点では、類似しているといえ、このチームに大きな不安を感じざるをえない。 私は現在の中国五輪チームの選手たちの「サッカー」には非常に魅力を感じている。運動能力も高いし、スピード、高さ、そして何よりセンス・・・来年の五輪というだけでなく、もっと先の将来が楽しみな選手が多い。 ただ、試合中、そして練習中に、いかに自分を「コントロール」できるか・・カッとならないか・・「精神的な強さ」の部分に、大きな課題があるのは、誰もが感じているところである。 アジア杯で、フル代表は惨敗を喫した。新体制もほどなく発足するだろう。だが、次の中国サッカーを担うのは彼らであり、彼らを見て育つ下の世代であり、そして今の子供たちである。 単に「選手たちの資質の問題」と切って捨てられない・・・重大な責任が彼らにはある。その責任をしっかりと認識し、「心身ともに」成長して、来年の大舞台に臨んでほしい・・そしてアジア全体のサッカーを盛り上げていってほしいと心から願う。 ソース;http://sports.sina.com.cn/n/2007-07-21/08293053553.shtml     http://sports.sina.com.cn/n/2007-07-21/17013054181.shtml
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