取材に行って、お金がもらえる——そんなことがあっていいのだろうか?
200X年、中国での出来事。私はあるスポーツの記者会見に出席することになった。現場に到着すると、会場はすでに多くの記者で埋め尽くされていた。関係者に案内され、指定の席に着く。そこには、資料が一式置かれていた。特に驚くことはない。日本でも会見では資料が配布される。
しかし、目を引いたのはその隣だった。
——小さな封筒が添えられている。
日本では見かけない光景に、私は少し不安になりながらも、そっと封筒を開いてみた。中には、ピンと折り目のない100元札(当時のレートで約1,500円)が一枚。
「……え?」
私は混乱した。取材に来たら、なぜお金がもらえるのか?
すぐに近くにいた知り合いの記者に「これ、どういうこと?」と尋ねると、彼はちらっとこちらを見て、何事もないような顔で「車代や」とつぶやいた。
「……車代?」
「まあ、タクシー代みたいなもんや。もらっとけばいいねん」
中国の記者たちにとって、これは極めて普通のことらしい。取材に訪れた記者が交通費の負担をしなくて済むように、主催者側が“車代”として一定額を支給するのが一般的なのだという。中国では新聞社や雑誌の記者の多くがフリーランスや業務委託で働いており、彼らは記事を掲載した紙面の大きさに応じて報酬を得る仕組みになっている。
例えば——
・一面に掲載されれば〇〇元 ・三段目なら〇〇元 ・広告との兼ね合いによっても変動
こんな具合に報酬が決まるため、交通費や取材にかかる経費は基本的にすべて自腹になる。だからこそ、主催者側がタクシー代程度の「車代」を渡すのが慣習になっているのだ。
しかし、日本の感覚ではこれはありえない。日本では取材先から金銭を受け取ることは「絶対にNG」だ。報道の独立性、公正性を守るために、記者は取材対象から金銭的な便宜を受けてはならない——それが鉄則である。私の頭の中では、
「受け取るべきか、返すべきか?」
と、警告灯が点滅していた。

日本語部主任の粋なアドバイス
このまま持っていても仕方ない。私は意を決して、日本語部の主任に相談してみることにした。
「……記者会見で、こんなの渡されたんですが」
封筒の中の100元札を見せると、主任は一瞬驚いた後、大きく笑いながら言った。
「ははは!気にしないで。そんなの、こっちじゃ普通ですよ」
「でも、日本の記者なら、これを受け取るなんて絶対ありえませんよね?」
「まあ、そうですよね。でも気になるなら、部の経費に計上しておきましょう。うまく処理すれば問題ないですよ。」
主任の発言に、私は脱力した。
たしかに、日本の倫理観では考えられないが、ここは中国だ。現地には現地のルールがある。そして、そのルールに則って記者たちは動いている。
結局、私は100元をそっと部の口座に入れる手続きをした。
文化の違いを超えて
この出来事は、単なる「取材時の交通費」の話にとどまらない。そこには、ジャーナリズムのあり方、報道の独立性、文化の違い、そして「記者とは何か?」という問いが含まれていた。
日本では記者は「取材先からは一切の便宜を受けてはならない」と厳格に管理される。一方、中国では記者がフリーランスであることが多く、経済的な事情も絡むため、「取材時の交通費を支払う」という慣習が存在する。
どちらが正しいとは一概に言えない。しかし、文化や価値観の違いを理解することが、ジャーナリズムの本質を考える上で重要だ。
記者の仕事とは、常に「現場に足を運ぶこと」から始まる。そして、その土地のルールを知り、どう向き合うかを判断するのも、記者としての大切な仕事なのかもしれない。
私はこの100元を前に、「ジャーナリズムとは何か」を考えさせられたのだった。