SPORTS CHINA
中国体育
A CLOSER LOOK AT
SPORTS IN CHINA
/ マラソン・技術

給水所にロボットを呼ぶ理由――中国マラソンと「智造」の街

42台の「ロボットボランティア」を募集する東莞。走る人のための技術か、それとも街の宣伝か

マラソンの給水所のそばに停まる車輪付きのロボットと、走り去るランナー
AI生成のイメージ。東莞の大会や実際の導入機材を撮影したものではありません。

ロボットにも、就職活動が必要な時代になったらしい。

10月18日、中国・広東省東莞市の地域メディア「東莞陽光網」に、ちょっと変わった募集記事が掲載された。

12月6日に開催される東莞・松山湖マラソンで、「ロボットボランティア」を募集するというのである。

仕事内容は、実に細かい。

大会前には参加者のゼッケンや記念品を運び、会場で道案内をする。外国人選手のために多言語で案内する仕事もある。

大会当日には、給水や補給食の提供、コース上の誘導、ランナーのペース管理、さらには表彰式の補助まで担当するという。

全部で7種類。募集枠は合計42台分だ。

募集要項には、必要な能力も書かれている。

大勢の人が行き交う場所でも自分で進路を判断できること。人や障害物を避けられること。会話ができること。長時間、安定して働けること。

人間のアルバイト募集なら、なかなか厳しい採用条件である。

ただし、今回募集しているのはロボットであり、人間の労働者ではない。報酬を得る仕事という意味での就職でもない。

主催者が使っているのは「帯機上崗」という言葉だ。

機械を連れて、職場に就く。

そんな意味だろうか。

もっとも、募集をかけたからといって、本当に42台が採用されるかどうかは分からない。実際にどんなロボットが選ばれ、どこまで仕事をこなせるのかも、現時点では未確認である。

それでも、市民マラソンで、ここまで具体的なロボットの仕事を用意しようとしているのは面白い。

私が気になったのは、ロボットが人間のように走れるかどうかではない。

なぜ、マラソン大会がロボットの働く場所になるのか、ということだった。

42台分の仕事を用意する

募集要項をもう少し詳しく見てみよう。

大会前の物資配布を担当するロボットが5台分。マラソン関連イベントで案内や相談に応じるロボットも5台分。多言語対応が5台分。

大会当日に選手や観客を誘導するロボットは10台分で、募集枠としては最も多い。

さらに、コースを移動しながら飲み物や補給食を届けるロボットが8台分。ランナーにペースや距離を知らせるロボットが6台分。表彰式を手伝うロボットが3台分となっている。

合計42台。

ここで注目したいのは、主催者がロボットの仕事を、単なる会場での展示にとどめていないことだ。

例えば、会場入口で来場者に手を振るロボットなら、あらかじめ決められた動作ができれば、ある程度は役目を果たせるだろう。

しかし、今回の募集内容は、それだけでは済まない。

参加者の質問に答え、必要なものを届け、混雑する場所で人を誘導する。

しかも、利用者の方は、必ずしもロボットの扱いに慣れているわけではない。

道を尋ねる人もいれば、補給を受け取ろうと手を伸ばす人もいる。

一度に大勢が集まることもあるだろう。

そんな場所で、ロボットがきちんと仕事をできるのか。

今回のマラソンは、その能力を試す場にもなりそうだ。

ただ、これをロボットによる完全な自動運営と考えるのは早計である。

募集要項では自律移動や複数台の協調動作などが求められているが、実際の稼働時に、どの程度まで人間の操作や監督が必要になるのかは分からない。

採用予定の機種や、具体的な運用方法も明らかになっていない。

募集されているのは、仕事ができるロボットであって、仕事をした実績ではないのである。

去年もロボットはいた

もっとも、松山湖マラソンにロボットが登場するのは、今回が初めてではない。

2025年11月30日に開催された松山湖科学城ハーフマラソンでも、すでにロボットが活躍していた。

中国新聞網の報道によると、当日は1万人のランナーが参加した。

大会前の物資配布会場では、松霊ロボットが案内役を務め、表彰式でも選手に賞品を届けたという。

会場の技術展示コーナーには、調理をするロボットや食器を洗う装置なども登場した。

なかなかにぎやかな大会だったようだ。

つまり、マラソン大会でロボットを見せるという試みは、すでに行われていたのである。

では、今年は何が違うのか。

主催者の説明を読む限り、今年はロボットに担当させる仕事を、さらに具体化しようとしている。

昨年のように、会場の一部でロボットが案内や表彰を手伝うだけではない。

参加者の受付からコース上の補給、ペース管理まで、大会運営のさまざまな場面にロボットを配置しようというのだ。

もちろん、すべてが計画どおりに実現するとは限らない。

ただ、主催者がロボットを見せるだけでなく、実際のサービスに使おうとしていることは分かる。

これまでのロボットは、どちらかといえば、見に来てもらうものだった。

今度は、働いてもらう。

そんな転換を目指しているようなのである。

なぜ、マラソンなのか

ここで一つ疑問が生まれる。

ロボットの性能を試したいのであれば、別にマラソン大会でなくてもよいのではないか。

工場でもよい。商業施設でもよい。実際、人が行き交う場所なら、ほかにもいくらでもあるだろう。

それでも、マラソンには、ほかの場所にない特徴がある。

まず、大勢の人が一度に集まることだ。

今年の東莞・松山湖マラソンは、フルマラソン5,000人、ハーフマラソン1万人の計1万5,000人を募集する計画になっている。

選手だけでなく、沿道の観客や大会スタッフもいる。

スタート前には多くの人が集まり、レース中にはランナーが次々と移動する。ゴール地点では、疲れ切った選手たちが、さまざまな速度で歩いたり、立ち止まったりする。

ロボットにとっては、かなり難しい環境だろう。

しかも、屋外の大会である。

天候が変わることもあれば、路面の状態が場所によって違うこともある。

工場の中なら、ロボットが通る場所や作業する位置を、ある程度決めておくことができる。

だが、マラソン会場の人々は、必ずしもロボットの都合に合わせて動いてくれるわけではない。

だからこそ、今回の募集では、人混みの中での自律移動や障害物回避、長時間の連続稼働が条件になっているのだろう。

ロボットの技術を試すには、なかなか都合のよい場所なのかもしれない。

ただし、これは主催者が求める技術要件から導いた私の分析である。今回の大会で、どのような性能試験や評価が実際に行われるのかは公表されていない。

そして、もう一つ。

マラソンは、人に見てもらえる。

大会にはランナーが集まり、観客が集まり、メディアも取材に来る。

ロボットが給水を手伝っている姿を撮影すれば、ちょっとした話題になるだろう。

しかも、相手は実際の利用者である。

展示会で、説明員がロボットの性能を紹介するのとは違う。

ロボットが目の前で仕事をしている様子を、参加者自身に見てもらうことができる。

主催者が募集案内で強調しているのも、こうした実際の利用場面と、SNSやメディアによる情報発信の効果である。

ロボットの実地試験と宣伝。

マラソンには、その両方があるわけだ。

「世界の工場」が、ロボットを売り出す

では、なぜ東莞なのだろう。

東莞は、広東省の深圳と広州の間に位置する都市で、長年にわたって製造業の集積地として発展してきた。

かつては「世界の工場」とも呼ばれた。

輸出向けの製品を大量に生産する街として知られていたが、近年はロボットや人工知能など、新しい産業の育成にも力を入れている。

今回の舞台となる松山湖は、その中心の一つである。

松山湖には、国際ロボット産業基地や研究開発機関、関連企業などが集まっている。

2025年のハーフマラソンでも、コースはロボット産業基地や大学、華為(ファーウェイ)の関連施設など、地域の技術産業を象徴する場所の近くを通っていた。

つまり、走る人たちは、単に湖の周りを走っていたわけではない。

東莞が見せたい新しい産業の風景の中を、走っていたのである。

さらに、今年7月、東莞市は2026年から2030年までの「人工知能+都市」実施計画を公表した。

そこでは、ロボットが人や周囲の状況を認識し、自分で判断して行動する技術の開発や、実際の利用場面での訓練を重視している。

工場だけでなく、都市の管理や住民サービスなど、さまざまな分野でロボットを活用する方針だ。

今回のマラソンは、そうした産業政策とも方向が重なっている。

もちろん、市のAI政策がそのまま今回のロボット募集を決定したという直接の関係までは確認できていない。

しかし、市民スポーツ大会が地元企業の製品を見せる場所になり、実際に技術を使う機会にもなる。

これは、東莞が目指す産業の方向を考えるうえで、分かりやすい試みだろう。

今回の大会では、参加者に配る物資にも地元製品を積極的に使う方針が示されている。

ランニングウェアには東莞の繊維産業の製品を使い、補給品にも地元のブランドを優先する。

さらに、AIによって選手の走行映像を編集し、参加者が自分の動画を受け取れるサービスも計画されている。

マラソン大会が、まるごと東莞の産業見本市のようになっているのである。

18年前、北京のマラソンで問題になったこと

ここまで調べていて、以前に書いた記事を思い出した。

2008年4月21日、スポーツナビに掲載した「マラソン日本代表が本番コース視察 2つの要望も」という記事である。

北京五輪を控えた同年4月20日、本番と同じコースを使ったテスト大会が開催された。

日本からも、五輪代表に決まっていた選手たちが参加していた。

選手や日本陸上競技連盟の関係者は、コースや大会運営を確認し、中国側に改善を求めることになった。

その一つが、飲み物の問題である。

当時、北京五輪の会場では厳しい持ち物検査が行われていた。

マラソンのテスト大会でも、スタート地点の天安門広場に入る際、選手たちが用意していたスペシャルドリンクまで没収されてしまったという。

マラソン選手にとって、水分補給は競技の結果だけでなく、身体の安全にも関わる。

いくら警備が重要だとしても、選手が必要とする飲み物まで取り上げられては困る。

もう一つは、設備の問題だった。

スタート地点には十分な更衣室がなく、トイレも移動用バスのものを利用するしかなかった。

日本側は、仮設トイレを用意するなど、設備の改善を求める方針を示した。

私は当時、そうした問題を記事にした。

朝倉浩之「マラソン日本代表が本番コース視察 2つの要望も」(スポーツナビ、2008年4月21日)

あれから18年。

今度はマラソン大会の給水や案内を、ロボットに任せようというのである。

時代が変わったものだと思う。

ただ、18年前の取材で問題になったことは、今回の大会にも通じるのではないだろうか。

選手にとって大切なのは、必要なときに水を飲めることだ。

疲れた身体でスタート地点やゴール地点にいるとき、迷わず目的の場所へ行けることだ。

そのために人間が働くのか、ロボットが働くのかは、選手にとっては二次的な問題である。

いくら高度な技術が使われていても、必要なサービスが受けられなければ意味がない。

18年前、北京のテスト大会では、選手の飲み物が警備のために没収された。

2026年の東莞では、飲み物を届けるためにロボットを募集している。

何とも対照的な話だが、問われていることは、それほど変わっていないのかもしれない。

大会を運営する側の都合だけでなく、走る人の立場からサービスを考えられるか。

結局は、そこなのである。

ロボットは、本当に給水を手伝えるのか

今回の募集で、私が特に気になったのは「移動補給ステーション」という仕事である。

募集枠は8台分。

コース上の指定された場所を移動しながら、ランナーに飲み物や補給食を届けるという。

技術としては、面白い試みだろう。

しかし、実際のマラソンではどうだろうか。

例えば、大勢のランナーが一度に給水所に入ってきたとする。

ランナーたちは、自分のペースを保ちながら、走ったまま水を受け取ろうとするかもしれない。

そんなとき、ロボットが人を認識し、進路を判断し、適切なタイミングで飲み物を差し出すことができるだろうか。

その間に、別のランナーが横から近づいてきたらどうするのか。

ロボットが止まってしまったら、どうするのか。

もちろん、こうした場面は、現時点で実際に起きた事故ではない。あくまで、運用を考えるうえで想定される課題である。

また、ロボットをコース上のどの範囲で動かすかによって、難しさも変わる。

選手の走行を妨げない場所に配置するのであれば、危険を抑えられるかもしれない。

逆に、走っているランナーの動きに合わせて移動するのであれば、高い判断能力が必要になる。

募集要項には、そうした運用の細部までは記されていない。

だから、現段階で「ロボットが給水をできる」と評価することも、「危険だから無理だ」と決めつけることもできない。

重要なのは、どの条件なら実際に役立つのかを見極めることだと思う。

ロボットを使った給水の方が、従来の方法より正確で安全なのか。

人間のスタッフの負担を減らせるのか。

それとも、ロボットを見守り、操作し、トラブルに対応するために、かえって多くのスタッフが必要になるのか。

そうしたことを確認しなければ、本当の意味で技術が役立ったかどうかは分からない。

ロボットのための大会ではない

もう一つ、少々気になることがある。

マラソン大会の目的が、いつの間にかロボットの展示になってしまわないかということだ。

もちろん、技術の宣伝をすること自体は悪くない。

地元企業にとって、多くの人に製品を知ってもらえる機会は貴重だろう。

参加者にとっても、普段見ることのないロボットと接するのは楽しいかもしれない。

記念写真を撮り、SNSに投稿する人もいるだろう。

それも大会の魅力の一つである。

ただ、主催者がロボットを目立たせることに夢中になって、肝心の大会運営がおろそかになっては困る。

例えば、ロボットが選手の案内を担当するとする。

正しい場所へ案内できたのであれば、立派な仕事だ。

しかし、質問に答えられず、結局は近くにいる人間のスタッフが対応することになったとしたら、どうだろう。

それでも、写真映えするロボットが会場にいたというだけで、成功したことになるのだろうか。

もちろん、実証段階なら失敗から学ぶことにも意味がある。

技術を改良するためには、実際に使い、問題点を見つけることが必要だからだ。

ただ、その場合は、技術を試すことと、サービスを提供することを区別しておかなければならない。

大会参加者は、ロボットの性能試験を受けるために来ているわけではない。

マラソンを走るために来ているのである。

仮に新しい技術を試すのであれば、その結果を、写真や宣伝文句だけではなく、実際のサービスの質によって評価してほしいと思う。

何回、正確に案内できたのか。

どのくらいの時間、停止せずに稼働したのか。

人間のスタッフが介入しなければならなかった場面は、どれほどあったのか。

そして何より、ランナーにとって便利だったのか。

こうした数字が分かれば、ロボットが本当に役立ったのかを判断する材料になる。

現時点で、主催者がこうした指標を公表する予定かどうかは確認できていない。

しかし、実際の仕事を任せるのであれば、その成果まで確かめる必要があるだろう。

大会は街を売り、街は技術を売る

それにしても、東莞の今回の試みは、なかなか巧みである。

市民マラソンを開催すれば、街には多くの人が集まる。

参加者はホテルに泊まり、食事をし、観光もする。

さらに、地元企業の製品を大会で使えば、街の産業を宣伝することもできる。

そして、ロボットに実際の仕事をさせれば、企業にとっては製品の能力を試す機会にもなる。

一つのマラソン大会に、実に多くの役割を持たせているのである。

もちろん、これらがすべて実現するかどうかは、まだ分からない。

しかし、地方都市がスポーツ大会を通じて何を得ようとしているのかという点では、分かりやすい事例だろう。

これまでの市民マラソンでは、参加者を集めることや、地域の観光を盛り上げることが主な目的とされてきた。

今回の東莞では、そこに産業技術の実証と宣伝が加わっている。

大会が街を売り、街が技術を売る。

そんな関係が生まれようとしているのである。

ただし、産業政策として成功したかどうかは、実際の大会を見なければ分からない。

ロボットが42台そろったのか。

それぞれが募集された仕事をこなしたのか。

技術を見た企業や利用者から、新しい取引や採用の機会が生まれたのか。

そうしたことは、12月の大会が終わったあとに検証する必要がある。

今、確認できるのは、東莞がマラソンを使って、こうした機会をつくろうとしているという事実までである。

42台のロボットより、大切なこと

さて、12月6日の松山湖マラソン。

予定どおりなら、朝7時にスタートの号砲が鳴る。

1万5,000人規模のランナーが、松山湖の周りを走ることになる。

その会場に、どんなロボットが登場するのだろうか。

案内をするロボット。飲み物を届けるロボット。選手にペースを知らせるロボット。

そして、表彰式を手伝うロボット。

想像するだけでも、なかなかにぎやかな大会になりそうだ。

ただ、ランナーたちは、必ずしもロボットを見に来るわけではない。

苦しい練習を積み重ね、目標のタイムを目指して走る人もいる。

初めてのマラソンに挑戦する人もいるだろう。

途中で疲れ、思うように足が動かなくなる人もいるかもしれない。

そんなランナーにとって、本当に必要なのは何だろう。

正しい案内を受けられること。

必要なときに水を飲めること。

危険な場所では、適切に注意してもらえること。

そして、安心してゴールを目指せることだろう。

そのために、ロボットが役立つのであれば、大いに歓迎したい。

人間のスタッフだけでは難しかったことが、新しい技術によって可能になるかもしれない。

しかし、ロボットを置くこと自体が目的になってしまっては、少々困る。

中国では今、ロボットの技術が急速に進歩し、さまざまな場所で実際の仕事に使おうという試みが進められている。

東莞のマラソンも、その一つである。

だからこそ、私が見たいのは、ロボットがどれほど人間に似た動きをするかということではない。

その仕事が、どれほど人の役に立ったのかということだ。

2008年の北京では、選手たちの飲み物が持ち物検査で没収され、トイレの不足が問題になった。

2026年の東莞では、飲み物を届けるロボットを募集している。

この18年間で、中国のスポーツ大会を取り巻く技術は、ずいぶん変わった。

しかし、走る人が必要とするものは、それほど変わっていない。

12月の松山湖で、ランナーが差し出された水を受け取る。

その相手が人間であろうと、ロボットであろうと。

必要なときに、きちんと水が届く。

まずは、それでよいのだと思う。

<了>


参考資料

筆者の過去記事

※本稿は2026年10月30日時点の情報に基づく。2026年12月6日の東莞・松山湖マラソンは開催予定であり、ロボットボランティアの募集期限は10月31日。42台は募集枠の合計で、採用・稼働実績ではない。2025年のロボット活用実績と、2026年の募集計画は区別した。また、2008年の北京五輪マラソンに関する記述は筆者本人が当時執筆した署名記事に基づくもので、今回の東莞の取材は公開資料を用いた調査・論評である。

筆者: