20年ほど前に書いた記事を、少しずつ読み返している。
中国スポーツについて、北京から日本に向けて発信していた頃の文章だ。すでに消えてしまったと思っていたものが、インターネットの片隅に残っていた。Internet Archiveという、過去のウェブサイトを保存するサービスを使い、当時の記事を一つずつ取り出している。
読み返してみると、案外おもしろい。
もちろん、文章は粗い。今ならもう少し違う書き方をするだろうと思うところもある。だが、当時の自分が何に腹を立て、何を不思議に思い、何を伝えようとしていたのかは、よくわかる。
何より、そこには当時の中国がある。
私が北京で暮らしていたのは、2000年代のことだ。
中国は2008年の北京五輪に向けて、猛烈な勢いで変わっていた。街の風景が変わり、人々の暮らしが変わり、スポーツを取り巻く環境も変わっていった。
中国にとって、スポーツは単なる娯楽ではなかった。
国際大会での勝利は国家の威信に関わる。五輪の金メダルは国の発展を示すものとして扱われ、選手の育成には行政が深く関与していた。一方で、プロ化が進むサッカーなどでは、それまでの仕組みと市場経済の間に、さまざまな矛盾が生まれていた。
私は、そうした中国スポーツの姿に興味を持った。
中国の国営放送局に勤務し、スポーツ番組にも携わった。中国語の新聞やウェブサイトを読み、試合を見て、関係者の話を聞いた。そして、自分なりに考えたことを日本語で書いた。
当時、日本で伝えられる中国スポーツのニュースは、今ほど多くなかった。
中国選手が勝った、負けた。代表チームの監督が交代した。中国サッカーで問題が起きた。そうした出来事は報じられても、なぜそうなったのか、その背景にどのような事情があるのかまでは、なかなか伝わってこなかった。
中国語で報じられていることと、日本で伝えられていることの間には、ずいぶん距離があった。
その距離を少しでも埋めたいと思った。
ただ、中国語の記事を日本語に置き換えれば、それで済むわけではない。
中国のメディアが何を問題にしているのか。なぜ、そのような言い方をするのか。記事に書かれていないことは何なのか。
そうしたことも含めて考えなければ、中国スポーツの実像には近づけない。
例えば、中国サッカーだ。
代表チームが思うような結果を残せないと、監督の采配や選手の技術が批判される。もちろん、それも問題の一つだろう。しかし、監督を代え、選手を入れ替えれば解決するほど、話は簡単ではない。
選手はどのような環境で育ってきたのか。学校教育と競技スポーツは、どのような関係にあるのか。クラブや競技団体は、誰の判断で動いているのか。
試合の結果だけを追っていても、こうした問題は見えてこない。
私は、むしろそちらの方が気になった。
当時書いた記事にも、そうした関心が色濃く表れている。
中国のスポーツ選手の教育問題や、大学スポーツのあり方、代表チームの運営などについて、ずいぶん書いていた。中国メディアが私の日本語の記事を取り上げ、論評を紹介したこともあった。
日本人が中国スポーツについて書いた文章を、中国のメディアが引用する。
少し奇妙な気もしたが、それだけ中国国内でも議論のある問題だったのだろう。
もっとも、私の考えがいつも正しかったとは思わない。
当時は見えていなかったこともある。中国で暮らしていたからこそ気づいたことがある一方、そこに身を置いていたために、かえって見落としていたこともあったはずだ。
20年という時間は、それを考えるには十分な長さだ。
2008年、北京で五輪が開かれた。
私はソフトボール会場でメディア対応を担当し、大会運営にも関わった。長く準備が進められてきた五輪が、ようやく現実のものになった。
あの大会を境に、中国スポーツがまったく別のものになったわけではない。五輪が終わっても、以前から抱えていた問題が消えたわけではなかった。
ただ、中国が世界のスポーツの中で占める位置は、確かに変わった。
それから長い時間が過ぎた。
中国はさらに大きくなり、国際社会との関係も複雑になった。スポーツの世界でも、かつてとは違う問題が生まれている。
一方で、あまり変わっていないように見えることもある。
中国サッカーをめぐる議論などを見ていると、20年前に書いた文章を思い出すことがある。もちろん、当時と現在を単純に同じものとして扱うことはできない。それでも、問題の根にあるものを考えると、過去を振り返る意味はあると思う。
そもそも、スポーツを見れば中国がわかるのか。
そんなに簡単な話ではない。
一つの試合から中国社会のすべてを説明することなどできないし、スポーツ選手の言動を、そのまま中国人全体の考え方に結びつけることもできない。
だが、スポーツには、その国の仕組みや価値観が思いがけない形で表れることがある。
選手をどう育てるのか。勝利をどこまで求めるのか。国はどこまで関与するのか。失敗したとき、誰が責任を取るのか。
スポーツの話をしていたはずなのに、いつの間にか教育や行政、社会のあり方を考えている。
私が中国スポーツに関心を持ち続けてきた理由は、たぶんそこにある。
今回、SPORTS CHINAを改めて動かすことにした。
まずは、過去の記事をできるだけ元の形で残していきたい。
当時の文章には、現在の目で見れば不十分なところもあるだろう。表現が古くなっている部分もある。それでも、安易に書き直すつもりはない。
2000年代の中国スポーツを、当時の私がどう見ていたのか。それ自体が一つの記録だからだ。
そのうえで、現在の中国スポーツについても書いていこうと思う。
毎日の試合結果を追いかけるつもりはない。速報なら、ほかにいくらでもある。
中国語の報道や公表資料を読み、必要なら過去の記事を引っ張り出し、何が変わり、何が変わっていないのかを考える。ときには、当時の自分の見方を訂正することもあるだろう。
中国スポーツを無理に持ち上げる必要もなければ、ことさらに批判する必要もない。
おもしろいものは、おもしろい。おかしいと思うことは、おかしいと書く。ただし、そう考えるだけの根拠は示したい。
20年前に比べれば、中国の情報ははるかに手に入りやすくなった。翻訳も簡単になった。中国語が読めなくても、中国のニュースを知ることはできる。
だからこそ、何を読み、何を疑い、どう考えるのかが、以前にも増して大切になっているように思う。
昔の記事を読み返しながら、そんなことを考えている。
あの頃、北京で見ていた中国と、今の中国は違う。私自身も、あの頃と同じではない。
それでも、スポーツを通じて中国を見てみたいという気持ちは、あまり変わっていないらしい。
中国スポーツを、もう一度書こうと思う。