4万1018人。
10月24日、中国・江蘇省常州市のオリンピックスポーツセンターに集まった観客の数である。
この日行われたのは、中国スーパーリーグでもなければ、中国代表の国際試合でもない。
江蘇省の13都市が参加する「江蘇省都市サッカーリーグ」、通称「蘇超(スーチャオ)」の準決勝だった。
ホームの常州は、塩城を3対0で破り、決勝進出を決めた。
3得点はいずれもコーナーキックから生まれたもの。前半13分に李霄鵬が先制すると、高飛が前後半に1点ずつを加えた。昨年は下位に沈んだ常州が、ついに決勝の舞台に立つことになったのである。
決勝は10月31日、南京のオリンピックスポーツセンターで行われる予定だ。相手は同じ江蘇省の無錫。こちらも昨年の優勝チーム、泰州を破って勝ち上がってきた。
決勝のチケットは抽選販売となり、27日には当選結果が発表された。SNSには、当選を喜ぶ人たちの画像が次々と投稿されているという。
中国の地方サッカー大会に、これほどの人が集まる。
20年ほど前、北京で中国サッカーを取材していた私には、なかなか興味深い光景である。
当時、中国サッカーをめぐる話題といえば、代表チームの不振やプロリーグの問題、そして、どうすれば世界の強豪国に追いつけるのかという議論が中心だった。
もちろん、今もそうした課題が解決したわけではない。
ただ、今回の「蘇超」の盛り上がりを見ていると、中国サッカーには、これまでとは少し違う楽しみ方が広がっているように思える。
世界の強豪に勝てるかどうかは、とりあえず置いておく。
まずは、うちの街が隣の街に勝つかどうか。
そんな、実に身近なところでサッカーを楽しんでいるのである。
「太湖三宝」が「太湖三覇」になる
今回の「蘇超」の人気を考えるうえで、ぜひ紹介したい言葉がある。
「太湖三宝」である。
太湖は江蘇省南部から浙江省北部に広がる大きな湖で、その周辺に位置する蘇州、無錫、常州の3都市は、経済的な結び付きも強い地域として知られている。
ところが昨年の「蘇超」では、この3都市がそろって成績下位に沈んでしまった。
そこで、ネット上では3都市をまとめて「太湖三宝」と呼び、からかうようになったという。
何ともひどい話だが、ここからが面白い。
今年4月に開幕した2026年シーズンでは、いきなり3都市がそろって勝利を挙げたのである。
常州は、昨年準優勝の南通を3対0で破った。無錫は鎮江に3対1、蘇州も揚州に1対0で勝利した。
すると、それまでの「太湖三宝」という呼び名が、今度は「太湖三覇」に変わった。
弱い3都市から、強い3都市へ。
中国江蘇網が4月21日に掲載した記事では、こうしたネット上の盛り上がりが、さまざまな冗談とともに紹介されている。
昨年の成績が悪かったことなど、もう忘れたと言わんばかりである。
しかも、常州はそのまま勢いに乗って決勝進出まで果たしてしまった。
4月には冗談として使われていた「太湖三覇」という言葉が、半年後には、少なくとも2都市が決勝を争うという結果に結びついたことになる。
もちろん、競技結果そのものも面白い。
だが、それ以上に私が気になるのは、この街同士のからかい合いである。
サッカーの勝敗をめぐって、隣町の人たちが冗談を言い合う。
勝てば大騒ぎし、負ければからかわれる。昨年は弱かったくせに、今年は急に強気になる。
どこの国のサッカーファンにもありそうな話だが、これまで中国サッカーを国家代表の成績から見てきた人間にとっては、なかなか新鮮なのである。
13都市が、それぞれの名前で戦う
そもそも「蘇超」とは、どのような大会なのか。
2025年に始まった江蘇省都市サッカーリーグで、省内の13の地級市がそれぞれ代表チームを編成して参加する。
南京、蘇州、無錫、常州、南通、徐州、揚州など、いずれも江蘇省内ではおなじみの都市ばかりだ。
この大会の特徴は、チーム名が実に分かりやすいことにある。
南京隊、常州隊、蘇州隊、無錫隊。
基本的には、それだけである。
スポンサー企業の名前や、耳慣れない外国語の愛称を覚える必要はない。
自分の住んでいる街、あるいは生まれ育った街の名前が、そのままチーム名になっている。
江蘇省の人々にとっては、応援する理由が最初から用意されているようなものだ。
しかも、選手の中心にいるのは、必ずしもプロサッカー選手ではない。
この大会は、アマチュアを主体とする都市対抗のリーグとして発展してきた。
今年3月、常州市の蔣鵬挙副市長は全国政治協商会議の場で、昨年の「蘇超」について、銀行員や配達員、学校の教師など、普通の仕事を持つ人たちが選手として参加していたことを紹介している。
昼間は仕事をし、そのあとサッカーの練習に向かう。
もちろん、すべての選手が同じような経歴というわけではないし、競技経験や実力にも差があるだろう。
ただ、普段の暮らしの中にいる人が、街の代表として大きなスタジアムに立つ。
そして、その姿を何万人もの市民が応援する。
これまでの中国サッカーとは、少し違う関係が生まれているように思う。
中国サッカーは、誰のために強くなるのか
思い返せば、2000年代の中国サッカーには、いつも大きな期待と失望がつきまとっていた。
ワールドカップで勝つこと。日本や韓国に追いつくこと。そして、国際舞台で中国の存在感を示すこと。
中国サッカーが低迷するたびに、育成制度の改革やプロリーグの立て直しが議論された。
私も当時、中国のサッカー選手や指導者を取材しながら、そうした問題を何度も記事にしていた。
2007年10月に書いた「中国が見据える『五輪後』というテーマ」というコラムでも、中国サッカーの育成制度について取り上げている。
その記事で紹介したのが、北京理工大学サッカー部を率いていた金志揚監督の言葉だった。
「スポーツを学校の手に戻したい」
当時、北京理工大学は大学サッカー部として中国のプロリーグに参戦し、プロチームを相手に健闘していた。
それまで中国の競技スポーツは、国が有望な子どもを選抜し、専門の体育学校などで育成する「挙国体制」が中心だった。
しかし、そうした仕組みだけでは、中国サッカーの将来を支えることは難しい。
大学や学校の中にスポーツを根付かせ、競技を楽しむ人々の裾野を広げる。
金監督が目指していたのは、そんな中国スポーツの新しい姿だった。
もちろん、学校スポーツの改革と、今回の「蘇超」の盛り上がりは、別の問題である。
ただ、あれから19年がたち、中国の地方都市で、普通の人々がサッカーを楽しみ、応援する光景が広がっていることを考えると、どこか通じるものを感じる。
中国サッカーを強くするためには、優秀な選手を何人育てればよいのか。
これまで、そんな問いが繰り返されてきた。
だが、それ以前に、どれだけ多くの人がサッカーを身近なものとして楽しんでいるのか。
そのことも、もっと考えてよかったのではないだろうか。
代表が負けても、うちの街は応援できる
考えてみれば、代表チームを応援することと、地元のチームを応援することは、ずいぶん違う。
代表チームの場合、勝敗の相手は外国である。
勝てば国中が沸き、負ければ国中が落胆する。特に日本や韓国との試合になれば、サッカーとは別の感情まで入り込むこともある。
中国代表が国際大会で結果を残せなければ、そのたびに監督や選手への批判が高まり、育成制度そのものにまで議論が及ぶ。
もちろん、それは代表チームへの期待が大きいからでもある。
だが、そこには、試合を楽しむというより、中国のサッカーが世界でどこまで通用するかを確かめるような側面もあった。
それに対して、「蘇超」は少し違う。
南京と無錫が戦う。常州と蘇州が戦う。
どちらが勝っても、中国のサッカーが世界に対して強くなったり、弱くなったりするわけではない。
勝った街の人が喜び、負けた街の人が悔しがる。
そして、翌日にはまた冗談を言い合う。
そこには、国家の威信や国際的な競争力とは別の、サッカーを楽しむ理由がある。
もっとも、中国に地元クラブを応援する文化がなかったわけではない。
1990年代にプロリーグが始まった頃から、大連や上海、北京などには熱心なサポーターが存在した。クラブ同士の対抗意識も、決して珍しいものではなかった。
だから、「蘇超」によって初めて中国に地域サッカーが生まれた、と考えるのは正しくない。
今回の面白さは、それまでプロクラブが中心となって担っていた地域のサッカー文化が、より身近な都市対抗の大会としても広がりを見せていることではないか。
有名な選手がいなくても、世界的なスターが来なくても、自分の街の名前があれば応援できる。
そのことを「蘇超」は示しているように思う。
サッカーが街を動かす
今回の準決勝では、スタジアムの外にも変化があった。
常州市は10月24日の試合に合わせ、市内の地下鉄を無料にした。
観客が試合終了後に帰宅しやすいよう、地下鉄の運行時間も一部延長したという。
さらに、常州市内の観光施設やホテル、商業施設では、観戦チケットを使った優待サービスも実施された。
試合を見に来た人に、街で食事や買い物を楽しんでもらい、観光にも足を延ばしてもらおうというのである。
サッカー大会の開催が、街全体のイベントになっているわけだ。
昨年の「蘇超」は、85試合で延べ243万人を超える観客を集めた。
今年もその人気は続き、常州の準決勝には4万人以上が詰めかけた。
ただ、ここには一つ注意しておきたいことがある。
「蘇超」は、自然発生的な草サッカー大会というわけではない。
江蘇省の体育当局や地方政府が関わって運営されている大会であり、都市の観光振興や消費拡大という政策的な目的も持っている。
つまり、住民が自発的に盛り上がっている側面と、行政がその人気を都市の活性化に利用しようとしている側面の両方がある。
そのこと自体を否定する必要はない。
ただ、観客が増え、商店がにぎわったからといって、サッカー文化が根付いたとまで言えるかは、もう少し見ていく必要があるだろう。
大会の熱気が冷めたあとも、子どもたちがサッカーを続けられる場所は増えるのか。
地元のクラブや学校のサッカー部は、活動を続けやすくなるのか。
そして、何万人もの観客を集めるための費用を、どのように負担していくのか。
そのあたりが、今後の課題になるはずだ。
「蘇超」が中国代表を強くするわけではない
ここまで盛り上がれば、中国サッカーの将来にも明るい材料になるのではないか、という期待が出てくるだろう。
確かに、サッカーに親しむ人が増えれば、子どもたちが競技を始めるきっかけになるかもしれない。
地元の選手が大勢の観客に応援される姿を見て、自分もあの舞台に立ってみたいと思う少年少女もいるだろう。
しかし、それがそのまま代表チームの強化につながるかといえば、話は別である。
優秀な選手を育てるためには、指導者の養成や育成年代の競技環境、プロリーグとの連携など、さまざまな仕組みが必要になる。
地方大会が盛り上がったからといって、数年後に中国代表がワールドカップで勝てるようになるわけではない。
むしろ、ここで代表強化の話に結びつけてしまうと、今回の「蘇超」が持つ面白さを、かえって見失うような気がする。
代表チームが強くならなくても、地元のサッカーを楽しんでよい。
中国が世界の強豪国にならなくても、隣の街に勝って喜んでよい。
そんな当たり前のことが、これほど大きな盛り上がりにつながっているのである。
考えてみれば、サッカーを楽しむ理由に、国家の成績など必要ないのだ。
世界一にならなくても、サッカーは面白い
10月31日の決勝は、常州と無錫の対戦となった。
どちらも太湖周辺に位置する都市である。
4月には「太湖三宝」から「太湖三覇」へと呼び名が変わった3都市のうち、2都市が優勝を争うことになった。
しかも、どちらが勝っても、この大会では初めての優勝となる。
昨年、下位に沈んでからかわれていた常州が、そのまま優勝してしまうのか。
それとも、今季のレギュラーシーズンを首位で終えた無錫が、最後まで強さを見せつけるのか。
どちらに転んでも、また新しい冗談が生まれるのだろう。
20年ほど前、中国サッカーを取材していた頃、私は何度も「なぜ中国はサッカーで勝てないのか」という議論を耳にした。
中国の代表チームには、それだけ大きな期待が寄せられていた。
もちろん、世界を相手に戦うことは、今も中国サッカーの大切な目標だろう。
だが、世界の強豪になることだけが、サッカーの価値ではないはずだ。
自分の街のチームが勝って喜ぶ。隣町の友人をからかう。負ければ悔しがり、次の試合を楽しみにする。
そんな時間が日常にあることも、サッカーが社会に根付くということなのだと思う。
今回の「蘇超」が中国代表を強くするかどうかは、まだ分からない。
しかし、少なくとも中国の人々が、これまでとは違った形でサッカーを楽しむ場所を手にしつつあることは確かだろう。
世界一にならなくても、サッカーは面白い。
そんなことを、江蘇省の小さくはない地方リーグが、改めて教えてくれているように思う。
<了>
参考資料
- 常州市体育局「『蘇超』準決勝、常州が塩城に3対0で勝利し決勝進出」(2026年10月26日・中国語)
- 新華日報「無錫と常州が2026年『蘇超』決勝に進出」(2026年10月25日・中国語)
- 中国江蘇網「『蘇超』第2シーズンはなぜこれほど話題が多いのか」(2026年4月21日・中国語)
- 泰州発布「決勝の抽選結果発表」(2026年10月27日・中国語)
- 国家体育総局「『蘇超』が人気を集める理由」(2025年・中国語)
- 国家体育総局「『蘇超』の物語が全国政協委員通道に登場」(2026年3月・中国語)
- 中国江蘇網「準決勝で常州の地下鉄を無料化、無錫も運行延長」(2026年10月24日・中国語)
- 常州文明網「準決勝の観戦チケットを使った観光優待」(2026年10月22日・中国語)
※本稿は2026年10月28日時点の情報に基づく。決勝は10月31日に開催予定であり、結果は反映していない。2026年の試合・観客の状況は中国の公式発表および現地報道によるもので、筆者自身が現地取材したものではない。
